※この記事はドラマ「人間標本」第5話の内容を含みます。
ドラマ「人間標本」は、ベストセラー作家・湊かなえの小説を西島秀俊主演で実写化した作品です。2025年12月19日(金)よりAmazon Prime Video公式ページで世界独占配信されました(全5話一挙配信)。
第5話を見終えた感想
第5話を見終えたあと、言葉にならない重さだけが残りました。誰かが間違え、誰かが選び、そして誰も救われなかった――『人間標本』は、この回で取り返しのつかない地点にたどり着いてしまったように思います。
物語の中で繰り広げられる選択と行動は、どれも人間の弱さや孤独に深く根ざしており、視聴者に強烈な印象を残します。その結末を受け止めるには、ただ物語を追うだけでなく、登場人物の心理を丁寧に読み解く必要があるでしょう。
第5話の衝撃展開と杏奈の告白――5人を殺したのは「自分」
杏奈の告白
第5話では、一ノ瀬るみの娘・杏奈の衝撃的な告白が明かされます。杏奈は、5人の少年を殺し「人間標本」を作ったのは自分だと語ります。この告白は、これまでの謎を一気に解きほぐすと同時に、視聴者に強い衝撃を与える場面です。
後継者をめぐる葛藤
杏奈は、自分こそが母・るみの後継者だと信じていました。しかし、後継者を選ぶ戦いの中に自分の名前はありませんでした。その事実は、彼女に深い絶望と孤独をもたらします。「母に認められるために作品を完成させればよい」という思考に至ったのは、悲劇的でありながらも理解できる心理です。この場面では、親子関係の歪みが物語の根底にあることが鮮明に描かれています。
至の関わりと計画された殺害の詳細
杏奈の冷酷な計画
杏奈は5人の少年を山のアトリエに呼び出し、パイナップルのカクテルに睡眠薬を入れて眠らせました。その後、注射を打って殺害し、遺体を解体して人間標本を作り始めます。計画は非常に用意周到で、彼女の冷静さと恐ろしさが同時に際立つシーンです。
至の葛藤と共感の瞬間
本来呼ぶ予定ではなかった至も現れ、「やめろよ。可哀想じゃないか」と止めます。しかし杏奈は決して引き下がらず、二人の関係性が微妙に揺れます。至は当初は反発していましたが、やがて杏奈を手伝うことになります。後継者候補に選ばれなかった自分の失望感が、杏奈への共感に変わったのかもしれません。この瞬間、物語は単なる殺人劇から、感情の交錯を描く人間ドラマへと変わります。
史朗が感じた違和感と真実
史朗の疑問
杏奈の話を聞いた史朗は、彼女が本当に首謀者なのか疑問を抱きます。計画の完璧さがかえって違和感を生み、史朗の直感は「何か裏がある」と告げていました。
隠されていた母・留美の思惑
問い詰めた末に明らかになるのは、母・留美が本来この「人間標本」を作ろうとしていたという事実です。
体調不良で作品を作ることができない留美は、後継者は娘の杏奈しかいないと言い、人間標本を完成させることで、自身の後継者を杏奈にすると約束していました。
娘に計画を実行させることで、自分の意志を貫こうとしていたのです。留美は、この「人間標本」を自身の作品の集大成として考え、完成したら史朗に見せたいと思っていました。
至の役割と歪んだ選別
計画を見届ける役
至は最初から後継者候補ではなく、計画を「見届ける」役として呼ばれていました。それでも、自分が選ばれなかったことへの失望から、杏奈に共感し、結果的に手伝うことになります。至の葛藤は、視聴者に「人は選ばれなかったことでどう行動するのか」を問いかけます。
母・留美の残酷さ
杏奈が人間標本を完成させたと報告すると、史郎に作品を見せたかと、留美は問います。見せることが出来なかったと告げると、留美は娘に「役立たず」と吐き捨てました。史郎にこの作品を見せることを強く望んでいたのです。
留美の意思を引き継いで、5人もの少年を殺した娘に対してこの冷酷さ――留美の人物像は、作品を作るためなら娘に殺人をさせることも厭わない残虐さと、芸術家としての歪んだ感情が描かれています。視聴者はここで、親子の歪んだ関係と人間の残酷さを強く感じることになります。
すれ違った罪と史朗の決断
史朗の目に映る至の作品
至の自由研究「人間標本」を目にした史朗は、喜びよりも嫌悪と吐き気を覚えます。ここで描かれるのは、罪の重さを直視する人間の心理であり、視聴者にも深い衝撃を与えます。
史朗の決断
至は人を殺してはいませんが、遺体解体を手伝った罪の重さから逃れられず、父・史朗に自分を殺して終わらせてほしいと望みます。史朗は息子が殺人を犯したと誤解し、これ以上罪を重ねさせてはいけないと決断しました。すべての罪を背負うため、息子を殺すという悲劇的な結末に至ります。
至は殺されることを望んでいたのか
絵に隠された願い
至は、自分が父親に殺されることを知らなかったのではなく、望んでいたのだと思われます。それは直接的な言葉として発せられたのではなく、至の絵に描かれていました。至は、「史朗に殺してほしい」という願いを絵に描き、その上から絵の具で隠すことで、止めてほしい気持ちと終わらせてほしい気持ちを同時に表現していたのです。
最後の時間
史朗が散髪をし、スーツを買い、写真を撮り、パイナップルのカクテルを作る――至はすべてを理解したうえで、逃げずに最後の時間を受け入れました。死を罰として望んだのではなく、自分では裁けない罪を父に委ねるしかなかったのです。
すれ違う想い
至の願いは史朗に届いていましたが、史朗は「至が殺人犯である」という誤解のもと、その願いを受け取ります。真実は交わらず、二人の時間は悲劇的に終わりました。
至はなぜ「主犯」として死を選んだのか
主犯ではない至の立場
至は、杏奈の人間標本作りに共感し、手伝った存在ではありますが、5人を殺した主犯ではありません。計画を立てたわけでも、殺害を実行したわけでもなく、途中までは止めようとさえしていました。それでも彼は、結果的に遺体の解体や作品作りに加担してしまいます。
「加担した」という事実の重さ
この「加担してしまった」という事実こそが、至を追い詰めた最大の理由だったのではないでしょうか。至は、自分が法的にどこまで罪に問われるのか、主犯なのか共犯なのかといった線引きを、受け入れることができなかったように見えます。
後継者に選ばれなかった者同士の共感
後継者に選ばれなかった者同士として杏奈に共感し、止めることができず、最後まで現場に立ち会いました。その時点で、至の中ではすでに「自分は同じ罪を背負っている」という意識が生まれていたのだと思います。
父・史朗に裁きを委ねた理由
至は自分自身を裁くことができませんでした。警察でも、法律でもなく、彼が裁きを委ねたのは父・史朗でした。自分では終わらせられない罪を、父の手によって終わらせてほしい――その歪んだ願いが、「主犯として殺される」という選択につながったのです。
絵に込められた至の本心
至が絵に込めた「史朗に殺してほしい」という思いは、単なる死への願望ではありません。止めてほしい気持ちと、終わらせてほしい気持ち、その両方を抱えた末の、救いを父に託す行為だったのです。
杏奈はなぜ史朗に真相を伝えたのか
罪悪感に耐えきれなかった杏奈
留美の後継者となっていた杏奈は、史朗に会いに行かなくても生き続けることができました。至の描いた絵を入れた手紙を送らなければ、史朗は真相を知ることはなく、杏奈自身の罪も表に出なかったはずです。それでも彼女は、わざわざ史朗のもとを訪れました。
真相は史朗を救ったのか
杏奈が伝えた真実によって、史朗は「至は殺人犯ではなかった」ことを知ります。しかし同時に、殺してはいけない息子を自分の手で殺してしまったという、取り返しのつかない事実とも向き合うことになります。真相は救いではなく、新たな地獄を生み出してしまいました。
知らない方が良かったのか、知るべきだったのか
もし史朗が真実を知らなければ、「息子は殺人犯だった」という思い込みの中で生き続けることができたかもしれません。その方が、心を保つという意味では楽だった可能性もあります。
杏奈の告白が明らかにした、至の「覚悟」
至が殺される覚悟をしていたという事実は、杏奈が真相を語らなければ、史朗には決して見えなかったものでした。至の沈黙、抵抗のなさ、最後の時間の過ごし方――それらはすべて、杏奈の告白によって初めて「覚悟をもった選択」として意味を持ちます。杏奈の告白は史朗を救いませんでした。しかし、至の死を「誤解の中で終わった出来事」ではなく、「覚悟をもって選ばれた結末」として浮かび上がらせました。その理解こそが、史朗にとって唯一の真実であり、同時に耐えがたい罰でもあったのです。
不条理だけが残る結末
実際には、至は殺人犯ではありませんでした。その事実を知ったとき、史朗が味わった絶望は計り知れません。至は罪を犯しましたが、本当に殺される必要があったのでしょうか。殺してもいない5人の命を奪った殺人鬼として、史朗は死刑を受け入れています。
誰も救われず、すべてがすれ違ったまま終わる――第5話は、物語の不条理さと後味の悪さを視聴者に強く印象づける回でした。見終わった後もモヤモヤが消えません。それこそが、「人間標本」という物語の本質なのかもしれません。
第1話〜第4話の感想・考察はこちら:

