※本記事はドラマ「娘の命を奪ったヤツを殺すのは罪ですか?」の内容を含みます。
本作はフィクションであり、犯罪や暴力行為を肯定・推奨する意図はありません。
ドラマ「娘の命を奪ったヤツを殺すのは罪ですか?」は、齊藤京子と水野美紀のW主演で、2025年10月期にカンテレ・フジテレビ系で放送されていた作品です。
詳しくは公式サイトをご覧ください。
本記事では、最終回の内容を振り返りながら、感想と考察をまとめています。
本作は、ママ友いじめから始まった出来事を通して、復讐や家族、そして人が抱える感情の行き場を描いてきた作品です。
『娘の命を奪ったヤツを殺すのは罪ですか』最終回|概要と結末
最終回では、積み重ねられてきた思いが静かに収束していきます。以下では、心に残ったポイントを中心に振り返ります。
娘は自殺ではなかった――事故死の真実
優奈の死の背景
ママ友からのいじめを苦に、娘・優奈は自殺したと母・玲子は信じて生きてきました。しかし最終回で明かされる真実は、あまりにも残酷で、同時に救いでもありました。優奈の死は自殺ではなく、事故でした。息子・圭太を助けようとして起きた、取り返しのつかない転落事故だったのです。
母を復讐へと導いた娘の姿
優奈の屈しない意志
優奈はいじめに負けて命を絶ったわけではありません。前を向いて生きようとしていた娘の姿を知ったとき、玲子の中で悲しみは怒りへと変わっていきました。母としての愛と娘の苦悩に気づいてやれなかった後悔が、復讐という選択へと彼女を導いたのです。
選挙演説の場で明かされた疑惑といじめ
幹久の疑惑と沙織のいじめ映像
選挙戦の最中、幹久の凱旋カーの上で演説を支えていた沙織。その場で流されたのは、優奈への執拗ないじめ映像だけではありませんでした。幹久が建設会社社長を殺害したとされる疑惑があるという映像まで公開され、理想の家族像と政治家像は音を立てて崩れ落ちていきました。
玲子の静かな反撃と沙織の変わらない姿
最後まで反省しない沙織
すべてが終わった後、玲子は沙織の元を訪れます。しかし沙織は、会うなり冷酷な言葉を投げつけました。「私から全てを奪って満足? でも、あなたの娘は生き返らないわよ。」
玲子の冷静な対応
それでも玲子は感情をぶつけません。なぜ優奈をいじめたのかを問い、優奈が自殺ではなく事故死だったこと、いじめに屈していなかったことを静かに告げました。それは、娘の尊厳を取り戻すための復讐でもありました。それを聞いた沙織は、少なからずショックを受けたようでした。
立場は変わっても変わらない沙織の執念
夫と不倫をしていたママ友の綾が働く店でキャディとして働く沙織。かつて支配する側だった彼女は、今や裏方に回っています。しかしトイレでの独白は、彼女が何も変わっていないことを示しています。「私は絶対に這い上がってみせる。私を楽しませるオモチャは私自身なのよ。」高笑いとともに語られるその言葉が、後味の悪さを残します。だいぶ、イカれた女性だなと感心してしまいました。
復讐の先に選んだ玲子の新しい人生
養子との新生活
玲子は空ともう一人の女の子を養子に迎え、静かな場所で新しい生活を送っていました。復讐の先に残ったのは、怒りではなく守るべき日常でした。
成瀬との再びつながる家族の絆
玲子を支えてきた成瀬は、自身の願いを口にしました。「残りの人生で、子どもたちの笑顔を支えたい。あんたと二人で。」そして成瀬は、優奈の夫・明彦と子供・圭太を連れてきました。姿が変わってしまった玲子を前に、圭太が「おばあちゃん?」と呼んだ瞬間、玲子は涙を流して孫を抱きしめました。断ち切られたと思っていた家族の絆は、確かにそこにありました。
復讐の先に選んだ道
この物語は、「娘の命を奪ったヤツを殺すのは罪ですか?」という問いに、明確な答えを出しません。人を殺すことは、簡単なことではありません。玲子は、殺さない復讐を選びました。復讐の先にも人生は続き、玲子はもう一度誰かを“守る側”に戻ったのです。玲子には、成瀬や明彦、圭太という守りたい人がいます。その人たちと一緒に生きていく道を選んで、良かったと思います。
最終回を見た個人的な感想
※ここからは物語の出来事を踏まえた、筆者個人の感想になります。
最終回を見終えたあと、強いカタルシスよりも、
静かな余韻が長く残る作品だったと感じました。
玲子は「殺さない復讐」を選びましたが、
それは決して綺麗事ではなく、
怒りと悲しみを抱えたまま生き続けるという、
別の重さを背負う選択だったように思います。
復讐によってすべてが解決するわけではなく、
それでも人生は続いていく。
その現実を描いたラストは、
タイトルの強さとは対照的に、とても静かでした。
成瀬や明彦、圭太という「守りたい存在」が再び生まれたことで、
玲子はようやく母として、そして一人の人間として
前を向くことができたのだと思います。
気になったポイント
最後に、物語の本筋とは別で気になった点もメモしておきます。
いじめをしていたボスママの沙織が、度々韓国語で言葉を入れてくるところです。韓国好きなのか、ハーフなのか、そのあたりが謎でした。ドラマの本筋には関係ありませんが、何の意味があってそういうシーンを入れたのか気になりました。
最終回の考察|娘は“奪われた命”ではなかったという真実
ここからは、最終回で明かされた事実をもとに、
物語構造や登場人物の選択について考察していきます。
最終回で真実が明かされたことで、
玲子が最後まで「殺す」という選択をしなかった理由が、
よりはっきりと見えてきました。
玲子は当初、娘・優奈がママ友たちのいじめによって自殺に追い込まれたと信じ、
その怒りと悲しみから復讐を始めました。
しかし、孫の圭太が意識を回復したことで、
優奈が亡くなった本当の理由――自殺ではなく事故だったことを知ります。
娘は絶望して命を絶ったのではなく、
息子を助けようとした末の悲劇だったのです。
その真実を知った玲子は、
沙織や幹久を殺すのではなく、
選挙の街宣中にこれまでの悪事やいじめの証拠を公開することで、
社会的にすべてを失わせる道を選びました。
そして最後に沙織のもとを訪れ、
優奈はいじめに屈して自殺したわけではないこと、
どれほど傷つけられても心までは折れなかったことを静かに伝えます。
それは、復讐のための言葉であると同時に、
娘の尊厳を取り戻すための行為だったように感じました。
沙織にとっては、どんな制裁よりも強い心のダメージだったのではないでしょうか。
まとめ
『娘の命を奪ったヤツを殺すのは罪ですか?』最終回は、
復讐の是非を問う物語でありながら、
単純な「正義」や「悪」では語れない結末を描きました。
娘・優奈の死は、誰かに命を奪われたものではなく、
事故という取り返しのつかない現実でした。
その真実を知った玲子が選んだのは、
誰かを殺して終わらせる復讐ではなく、
娘の尊厳を取り戻すための“生きる選択”だったのだと思います。
沙織や幹久の悪事を暴き、
最後に優奈がいじめに屈していなかったことを伝えた行動は、
復讐であると同時に、母として娘を守り抜く行為でもありました。
タイトルが投げかけた「殺すのは罪なのか」という問いに、
明確な答えは示されません。
しかしこの物語は、
怒りの先に何を選ぶのか、
そして失った命とどう向き合って生きていくのかを、
静かに問いかけていたように感じます。
復讐の先にも人生は続きます。
玲子が再び“守る側”として歩き出したラストは、
決して明るいだけではありませんが、
確かな希望を残す結末だったのではないでしょうか。
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※本記事は、ドラマ作品を視聴した筆者個人の感想・考察をもとに執筆しています。
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