NHKの朝ドラを数年振りに視聴した。
「ばけばけ」は、派手な展開があるわけではないのに、不思議と引き込まれてしまう物語だ。
本作は、小泉八雲とその妻をモデルに、言葉も文化も異なる二人が怪談を通して心を通わせていく姿を描いている。英語教師として松江に赴任してきたヘブン先生と、家族のために覚悟を決めて働くトキ。二人の関係は、誤解やすれ違いを重ねながら、少しずつ形を変えていく。
怪談は、ただ怖い話として語られるのではない。そこには人の悲しみや恐怖、そして生きてきた時間が込められている。「ばけばけ」は、その怪談を通して、人が誰かを思い、選び、支え合って生きていく姿を静かに描いた朝ドラだ。
小泉八雲をモデルにした物語の設定
ヘブン先生とトキ、言葉が通じない二人の出会い
ヘブン先生は、英語教師として松江の中学校に赴任してきた。
トキは錦織に頼まれ、ヘブン先生の身の回りの世話をする女中として働き始める。
錦織からは、妾として働く覚悟をするように言われていたトキだが、実際のヘブン先生は妾を探していたわけではなかった。純粋に、生活を支えてくれる女中を求めていただけだったのだ。
この誤解から始まる関係が、のちに信頼へと変わっていく過程が丁寧に描かれている。
怪談がつなぐ二人の距離
怪談に込められた悲しみと解釈の違い
トキは、子供の頃から怪談が好きな女性だ。
その一風変わった趣味のために、トキに恋心を寄せていたヘブン先生の教え子からは振られてしまうが、同じく怪談好きだったヘブン先生とは、自然と心を通わせていく。
作中で語られる怪談は、幽霊になった人の悲しい過去が語られるものが多い。話を聞きながら涙するヘブン先生の姿が印象的だ。
一方で、トキの怪談に対する解説を聞き、「そんな解釈があるのか」と感心する場面からは、文化や価値観の違いを超えて理解し合っていく様子が伝わってくる。
怪談は、この二人にとって言葉の代わりであり、心をつなぐ大切な存在なのだ。
トキの過去と銀次郎との別れ
嫌いで別れたわけではない夫婦の選択
来週は、トキの別れた夫・銀次郎が登場する。
二人は嫌い合って別れたわけではない。貧しさゆえに、銀次郎は松江を出て東京で働く道を選ばざるを得なかった。
銀次郎はトキに、松江を捨てて一緒に東京で暮らそうと持ちかける。しかしトキは、家族を捨てることができず、泣く泣く別れを選んだ。
その後、トキは東京へ行った銀次郎を連れ戻しに行くが、やはり家族を置いていくことはできないと悟り、ひとり松江へ戻る。
そこには誰かが悪いわけではない、時代と生活に翻弄された夫婦の現実があった。
妾になる覚悟と家族の思い
ただの女中だと知った瞬間の安堵
この場面にあるのは、軽い面白さではない。
トキは家族を助けるため、妾になる覚悟までして働きに出ていた。だが、自分の役目がただの女中だと知り、心からホッとする。
家族に本当のことを言えないまま働き始めたため、様子がおかしいと感じた家族がヘブン先生のもとへ押しかけ、大騒動となる。騒ぎの末に真相が明らかになり、ようやく皆が安堵する展開だ。
母の言葉が語るトキの恐怖
印象的なのは、トキの母の言葉である。
「どれほど怖い思いをしていただろうか」と、妾になる覚悟をして働きに出た娘の気持ちを思い、涙する。その言葉によって、トキが背負っていた恐怖と覚悟がはっきりと伝わってくる。
まとめ|怪談が語る、人の人生と選択
「ばけばけ」は、派手な事件で物語を動かす作品ではない。
言葉が通じない二人が怪談を通して心を通わせ、家族のために選択を重ねていく姿を、丁寧に描いている。
トキの覚悟、ヘブン先生の受容、そして怪談に込められた人の思い。その一つひとつが重なり合い、この物語ならではの温度を生み出している。
過去の夫・銀次郎の登場によって、トキの人生は再び揺れ動くことになるだろう。
それでも人は、迷いながら選び、生きていく。その姿を静かに見つめ続ける朝ドラとして、「ばけばけ」をこれからも見届けたい。

